フルート四重奏【宵待小町】

宵待小町宵待小町

齋藤寛齋藤寛

この先何があっても

音楽だけは

フルートだけは

信念を持って続けて行く

齋藤 寛

齋藤寛

小学4年の時、キラキラ光るフルートに憧れて、実際に生の演奏に心振るえ、音楽の道を志し、音大に入学、見聞を広げながら勉強し、無事卒業。

でも、もう音楽は辞めてしまおうと思っていた時期がありました。
音大を卒業したのはいいけれど、社会に放り出されて仕事も無く、食べるあてもない。
朝から晩までアルバイトをして生活費を稼いで、残った時間で練習をして。
日々不安だけが膨らんでいきました。
楽器を売って生活費に充て、何のために音楽やっているのか、自問自答の繰り返し。
目指す音楽があっても、見向きもされないし、自分の音楽をやればやるほど、社会から遠ざかって行くように感じました。

不景気だったので、アルバイトの契約を切られることも多々、何度もハローワークで職探しをしました。
職探しのパソコンの前での絶望感といったら、本当に辛い気持ちになってしまいます。
ある会社で社員にならないか、と熱心に誘いを受けたこともあります。正直心が揺れました。
「はい」と言ってしまえば、生活の安定と共に、音楽の道からは大きく退いてしまう。
「ちょっと考えさせてください。」その場を誤魔化したのを覚えています。

なんでこんなにも努力しているのに、上手くいかないのか。
ネガティブな精神状態に陥ると、すべての物が敵に見えてくるようでした。
不景気なのが悪い、音楽家人口が多すぎて仕事の取り合いになる、高機能シンセサイザーに仕事を奪われる、聴衆が聴く耳を持たない、などなど。

そんなある日、何かのテレビ番組で競輪学校の特集をやっていました。
その中のひとりに30歳を過ぎても競輪選手になる夢をあきらめ切れずに、仕事を辞めて競輪学校に入学し、10代の同級生と共に日々寮生活をしながらプロを目指している人の姿がありました。
彼は毎日過酷なトレーニングをこなすのですが、10年のブランクと30代の歳のせいで、若い世代には追いつけずになんども落第点をとってしまいます。しかし、彼は諦めません。言い訳を一切しません。ただ黙々と同級生たちが去った後のトラックを必死で走っていました。ひたすらにタイムが伸びるよう、毎日努力を続けていました。
何気なく点けていたテレビですが、画面に釘付けになり、多分、自我が芽生えてはじめて号泣しました。
悲しいからではなく、自分が情けなくて。

「これまで彼ほど歯を食いしばって努力してきたのか?」
「強い信念で臨んでいたのか?」

・・・否。

音楽が好きで、フルートが上手くなりたい

それまでの折れかかっていた心に灯火が燈り、人生を音楽にかける覚悟ができた瞬間でした。

社員になる話は断り、アルバイトを転々としながら空いた時間は練習に励みました。
迷いは無くなっていました。

覚悟が出来ると、不思議なことに少しずつ仕事も増え始めました。
アルバイト無しでもある程度生活も出来るようになり、今に至ります。

自分の音楽を突き通す事は、今でも大事だと思っています。しかし、全ての要因は自分の中にあるとさえ思えれば、誰に見向きもされない音楽も、自分の力量不足と素直に受け取って努力し続けることができます。また、その音楽が誰かに必要とされた時、諦めなかった自分に自信が生まれ、感謝の気持ちで演奏することができます。

もしこの先何があっても、音楽だけは、フルートだけは信念を持って続けて行くと、断言できます。
そして、大切なことを気づかせてくれた彼に感謝したいと思います。

【プロフィール】
宮城県仙台市出身。10歳よりフルートを始める。東京芸術大学卒業。第4回日本クラシック音楽コンクール、特別賞受賞。 第51回日本学生音楽コンクール東京大会、奨励賞受賞。2013年大友良英率いる「あまちゃんスペシャルビッグバンド」に参加。連続テレビ小説「あまちゃん」のオープニング、劇伴録音、全国ツアー参加、及び紅白歌合戦に出場。2016年、NHK「とっとテレビ」劇伴録音、ミュージシャン役としてドラマにも出演。2011-2014年ザルツブルグモーツァルテウム音楽院にてインターナショナルゾンマーアカデミー受講。フルートをP.L.グラーフ氏に師事。京都フランスアカデミーおよびパリにて室内楽をクリスチャン・イヴァルディ氏に師事。